4月12日に田無総持寺で平和観音慰霊祭が行われ、議長として挨拶しました。

西東京市は、隣接する武蔵野市のグリーンパークにかつてあった中島飛行機製作所武蔵野工場が近在し、西東京市内にも中島飛行機製作所の工場があったため、太平洋戦争最終盤には空襲被害がかなり出ました。
中島飛行機製作所武蔵野工場は、零式艦上戦闘機、いわゆる零戦の主な生産拠点でした。
1945年4月12日の空襲で、田無駅前で50数名が死亡しました。
その御霊を慰め平和を祈るため、観音像を作りました。
遺族が中心になって、毎年慰霊祭を営んできましたが、高齢化し、鬼籍に入る方も増えましたが、代替わりをして続けています。
慰霊祭に合わせて、田無アスタセンターコートで、当時を偲ぶ展示も行なっています。
実物大の1トン爆弾模型は、その大きさに、改めて、被害を受けた人々の苦しみが思いやられます。

