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保谷なおみ
西東京市議会議員
保谷なおみ(七緒美)です。
市議会議員5期目ですが、気持ちはいつも新人議員です。
2021年3月から、第23代西東京市議会議長を務めています。

ときどき見に来てください。
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[西東京市]保谷のアイ〜尾張徳川の御鷹場〜に行ってきました!

お貸し具足と古式銃
お貸し具足と古式銃
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西武池袋線保谷駅北口を降りて、歩くこと数分。「おかしらのうち」と地元の人が呼ぶ下保谷4丁目特別緑地保全地区に到着します。

下保谷4丁目特別緑地保全地区入り口
目次

なぜ、ここに、名古屋市の市章がついた具足があるのか?

ここは、3年前に亡くなった故高橋敬一さんが住んでいた家です。今は西東京市が買い取り、特別緑地保全地区になっています。

この高橋敬一家に伝わって来たのが、お貸し具足。尾張徳川家から「貸していただいた」ものです。

お貸し具足(右) 左はパーカッション式と呼ばれる古式銃

長年高橋敬一家の蔵の中に眠っていましたが、最近になって発見され、天神社に奉納されました。

薄く伸ばした鉄板でできています。尾張徳川家の足軽が使った具足だとか。胸にある赤丸に八の印は、尾張徳川家が使っていた合印(味方を敵と区別するためにつけるしるし)で、今の名古屋市の市章になっています。

名古屋市公式観光情報ホームページより

ここから、今日、私が下保谷4丁目特別緑地保全地区に出かけた目的について、ご紹介します。

西東京市は、尾張藩の御鷹場だった

西東京市を含む、かつての北多摩地域は、江戸時代には尾張徳川家の御鷹場でした。そのため、尾張藩は、足軽具足を高橋敬一家の先祖に貸し出し、御鷹場に関わる御用を務めさせたのでした。

講演会講師の松尾政司さん(左) 中央が高橋孝さん(後述)

でも、そもそも鷹狩りって、何?というところから知らない私たちのために、お鷹狩りについて学ぶミニ講演会が、今日開催されました。

左の宛名に「尾州様 御鷹場御案内」と読める

西東京市富士町高塚交差点が、将軍家御鷹場との境界?

西東京市富士町高塚交差点

古文書なども読みながら、具体的にお鷹狩りについて、学びました。

講演会とその後にスタッフに聞いた話を総合しますと、どうやら西東京市富士町にある高塚という交差点から西は、かつては尾張藩の御鷹場の区域内だったようです。

では高塚から東、都内方面はどうだったかというと、将軍家の御鷹場だったようです。なので、境界には土盛を作り、「鷹場杭」と呼ばれる目印を立ててあったようです。

鷹場杭

お殿様は手ぶらでお出かけ?

さて、鷹狩りは鷹を使って小動物を捕まえる狩のことですが、肝心の鷹は普段はどこで飼われてたかというと、江戸の藩邸ではなく、鷹場で飼育していたようです。

こういった鷹の飼育や餌の確保、鷹場となる場所にある道路や橋の管理、さらに鷹狩りの前後の殿様と随行のお食事や、夜の宿泊場所も、すべて鷹場内の村々が分担して準備していました。

つまり、江戸の藩邸を、お殿様は手ぶら(と言っても、それなりにお支度はあったでしょう)で出発し、鷹狩りを楽しんで、帰宅していました。お世話は、基本的に行く先任せでした。

今だったら考えられませんが、当時はそれが当たり前でした。

殿様の御用を務めるのを名誉と感じるか、負担と感じるかは、それを専門に研究されている方がいらっしゃるので、ここでは言及しませんが、たいへんだったことは間違いありません。

保谷のアイ

藍染体験もあり、たくさんの親子連れのみなさんが楽しんでいました。

出来た藍染を干す

昨年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」に藍染農家が登場しました。まさに「保谷のアイ」にも、規模の差こそあれ、同じような営みがありました。ちなみに、「保谷のアイ」があれば、「田無のアイ」もありました。どう違うのか、交流があったのかなど、わかったら楽しそうですが、残念ながら、史料は断片的にしか残っていません。

さて、ミニ講演会の写真に登場した、高橋孝さんですが、高橋孝さん宅では、「花結び展」が行われていました。

花結び展の様子はこちら

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西東京市議会議員 保谷なおみ 後援会

保谷なおみ
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