2 高校・大学時代

53(1978)年4月 国立お茶ノ水女子大学附属高校入学

軽音楽サークルと文芸部に所属し、勉強そっちのけで大忙しの毎日でした。写真(9)は、文化祭のとき、文芸部の部室前で。

57(1982)年4月 東京大学教養学部文科3類入学

クラスはLⅢ2組でした。52人のクラスメートのうち、女性は私を入れて6人でした。たいへん結束のかたいクラスで、とても楽しかった記憶があります。写真(10)は、駒場時代の同級生とテニスを楽しんだとき。

第二外国語は中国語でした。中国語合宿というのを、那須の山小屋でやりました。4声という、中国語独特のイントネーションをたたきこまれました。写真(11)は、中国語の先生の李先生を、北京のご自宅に訪問したとき。

59(1984)年3月 同文学部国史学科進学

尾藤正英氏、吉田伸之氏に従事、近世史を学ぶ。

62(1987)年3月 同学科卒業

卒論テーマ: 江戸の宿組合について

写真(12)は、卒業時、国史学科の研究室で、恩師の吉田伸之先生を囲んで。もう一枚は、安田講堂の前で記念写真。(13)

東京大学では、優秀な教授、学友、恵まれた施設と教材に囲まれ、貴重な時間をすごすことができました。ただし、その頃は、日本史の研究者の卵としての訓練を受けていたわけですが、実際に社会に出てみたら、研究者にはならず、市議会議員になってしまいました。当時、片手間の勉強であったはずの、法律や経済、医学などの基礎知識が、今は役にたっています。世の中わかりません。

1 誕生から中学校時代
3 学習塾講師時代、市議会議員になるまで
4 まだまだ続く 保谷なおみの挑戦!